キングダムもついに合従軍との戦いに突入しました。
六か国の連合軍ががいっぺんに函谷関に結集し、秦と対決する今までで一番の壮大な戦いになります。
しかし、その前に大きな見どころとして、原作のキングダムでは山陽の戦いがありました。
この話は、ナレーションで一部紹介するにとどまり、中身は完全に省略されてしまいました。
その理由の紹介と、この話を省かれたことは原作ファンにとって残念と思いましたので、その根拠も併せて解説したいと思います。
万極との闘いで見る信の成長とは?
以前と違う信の成長とは?
今回の映画はなんといっても今まで以上の壮大なスケールで戦いが繰り広げられるところです。
今までは主に趙や魏しかでてきませんでしたが、今回は趙の三大天の李牧の計らいで、趙、魏、韓、楚、燕、斉の六国が総出で秦に攻め入ります。
やはり一番の見どころは信の趙の将軍、万極(まんごく)と壮絶な戦いだと思います。
信はすでに敵の将軍クラスとの戦いは何度も経験していますが、ここでもあくまでも自分の見解ですが、信は明らかに成長が見て取れます。
以前は相手国の将軍となるとほとんどが格上の存在で、信は倒すことばかりを考えていましたが、今回の万極との戦いは、明らかに対等として戦っていました。
万極は過去に秦の元六大将軍により、趙国民40万人を家族と共に生き埋めにされたことがあり、秦に対しては特に恨みをもっていてその怒りを信にもぶつけます。
怒りをぶつけられた信は万極に対して、「その悲しみを背負う」と宣言し、苦戦しながらも打ち取ります。
以前の信なら相手を打倒すたびに雄たけびをあげていましたが、万極に対しては悲しみを理解しながら、倒した後も統一しても惨いことはしないことを約束します。
信は相手のことを考えられる大人の思考になっていて、それがさらに人望を集めるきっかけになりました。
信はなぜ万極の苦しみを理解しようとしたのか?
信はまだ千人将になる前に、自国の千人将による勝った国の特権だと言わんばかりに、他国の民へに対する暴漢や略奪をしているのを目の当たりにして、大きなショックを受けています。
それがきっかけで信は出世しても民を傷つけるようなことはしないと心に誓うようになったと考えています。
またそんな信の人柄に周りの人間が付いて行っていることも、この飛信隊の特徴だということも理解しています。
そのような信の人柄ゆえに、その万極に対しての秦の元将軍の行いは、自国民としても許せないものがあり、その点深く共鳴したと考えています。
山陽の戦いとは?
秦が函谷関で六か国と死闘を演じますが、その前段階として秦が魏の領土の山陽をとるために進軍する話が存在します。
そこに立ちはだかるのが、趙の元三大天の一人の廉頗(れんぱ)でした。
この話は魏の重要な拠点である山陽をとることと、信にとっては百人将から千人将に出世するための重要な戦いであり、キングダムを語る上ではなくてはならないストーリーだと考えています。
結果的に、信は廉頗の四天王の一人、輪虎と壮絶なバトルを繰り広げてついに倒します。
信は廉頗の腹心を打ち取ることにより、千人将としての地位を確実なものとしました。
私はこれが信にとって、将軍になるターニングポイントの戦いだったのではないかと思っています。
そして信は秦の本拠地に一人で乗り込んできた三大天の廉頗と相まみえ、強烈な一太刀を浴びせられます。
信は体が地面にめり込むほどの衝撃を受け止め、初めて三大天の本当の力を感じます。
信にとっては将軍輪虎を打った自信と三大天の廉頗に名前を知らしめたことで、信の名前が天下にとどろくきっかけになった戦いだったと考えています。
結局、廉頗は秦を倒すのは無理と判断して、介子坊と姜燕と共に撤退します。
この戦いにより三大天と相まみえる経験は、後の龐煖との戦いに生きていると個人的には思いました。
山陽の戦いを省いた理由は?
報道などで理由として挙げられているのが、キャストの成長に沿うように、毎年1作づつ製作されていますが、山陽の戦いまで作ると山崎賢人などの出演者が年齢にそぐわなくなってきてしまうという懸念から省かれたようです。
しかし、上記でも示したとおり、山陽の戦いはキングダムを語るには欠くことができない重要なストーリーであり、省かれるのはとても残念です。
その根拠は、まず山陽は魏にとって重要な拠点というだけでなく、天下統一するためにも重要であるということです。
ここをとることで、韓への他の国からの援護が難しくなりますし、趙へのプレッシャーも強くなできます。
そして秦の国だけでなく、信にとっても、将軍を一騎打ちで倒し千人将への足掛かりとなった記念すべき戦いでした。
そういう理由で、この話が省略されてしまうのは、原作ファンとしてはなんとも物足りない複雑な思いがあります。
この重要な戦いを省略した理由としては、秦は函谷関での戦い以降、更に趙を滅ぼすべく趙の首都、邯鄲(かんたん)へ進軍していきますが、当然それを阻止するために李牧中心に抵抗しますが、長く壮絶な話が永遠と続いていきます。
それを映画化した場合、今のキャストも相当年を重ねてしまう懸念から、ある程度の話は簡略化しようとすることはたしかに致し方ないと思われます。
それを鑑みると、今後の展開として、信は初めて桓騎の元で戦う黒羊での戦闘も省略されるのかなとも想像できます。
おそらく製作者側も視聴者側もキングダムとしての最大の焦点は宿敵李牧との戦いではないかと思いますので、そのあたりの省略はある程度仕方ないかなと思われます。
やはり今後の長く続く李牧との戦いを中心に制作されることを期待したいと思います。
李牧が戦い続ける理由を検証
李牧を取り巻く厳しい環境とは?
李牧は敵の中でも秦に対して一番ダメージを与えた武将です。
そして秦にとってもっとも恐ろしい敵国の将の一人です。
しかしそんな李牧を取り巻く環境はとても過酷なものです。
趙の国民にとっては、李牧を何回も攻めてきた秦を退けるヒーローとして人気がありました。
しかし趙の国王にとっては、そんな人気があることに対して面白くはありません。
頭のいい李牧はそんなことは感じ取りながらも、必死に趙を守り抜きます。
もし私なら、勝っても祝福されないならば、廉頗のようにいっそ他国へ亡命することを考えるべきだと思いましたが、李牧は一度もそんなことを考えていません。
私の考察ですが、李牧は廉頗とは違い、どんな仕打ちをされても趙国のことを愛していたからだと推測します。
李牧は人一倍戦術には長けていましたが、その反面仲間のことも大切に思っています。
そのためカイネなどの仲間が生まれ育った趙を裏切れなかったと考えています。
もし李牧が亡命したならば歴史はどうなった?
もし李牧が廉頗のような自国を簡単に見切りをつけることができる神経を持っていたなら、中華統一したのは秦ではなかったのではないかと考えます。
李牧がいない趙ならば当然秦によってすぐに陥落したと思われますが、李牧が他の国に亡命したならば、秦は果たして対抗できたのだろうかと考えると恐ろしくなります。
李牧は内からも外からも攻められているような状況下でも、秦を寄せ付けないこの力を他国で発揮するならば、この漫画での李牧の戦いを見る限り歴史が変わっていたかもしれないと感じました。
まとめ
今回の「キングダム 魂の決戦」では合従軍との戦い、つまり趙、魏、楚、韓、燕、斉の連合軍に秦が迎え撃つという今までにない圧倒的なスケールで描かれています。
王騎が撃たれた後、いきなり函谷関での戦いまで話が飛んでしまいましたが、違和感は無いですし、漫画を読まなくても、また予備知識がなくいきなりこの映画を見た人でも楽しめる内容ですので、是非映画館で観ることをお勧めいたします。
今日はここまでです。ではまた。


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