これは作家、東野圭吾の作品であり、初のアニメ化になります。
東野圭吾といえばミステリー作家なので、ミステリーを期待してしまいますが、ファンタジー要素があるヒューマン的な映画という感じでしょうか。
主人公の二人でも複雑ですが、他の登場人物も家庭問題などを抱えている人ばかりです。
なぜアニメ化したかは解りませんが、ただ小説としてはさすがに東野圭吾だと思えるほど完成度が高い作品です。
ここでは、玲斗がクスノキをとおして、最後に千舟に伝えたかったことを考察したいと思います。
考察|ラストの意味は?玲斗はクスノキを通して千舟に何を伝えたかったか?
玲斗は受念により、千舟の念を受け取りました。
それにより玲斗は、千舟が海外へ旅行して自ら命を絶とうとしていることを知りました。
私の考察ですが、玲斗の活躍で千舟の全てであった柳沢ホテルの存続が決まり、千舟にとってやらなければならないことが得られたため、玲斗はこれを糧に生き続けてほしいという願いを込めたのではないかと考えています。
玲斗にとっては、この言葉を軽々しく口にすることができず、この思いをクスノキを通じて伝えたいと思ったのではないかと推測します。
しかしこの思いはクスノキを通さずとも、千舟にしっかり届きました。
考察|なぜ千舟は玲斗にクスノキの秘密について何も教えなかったのか?
千舟は玲斗をクスノキの番人を任せながら、結局クスノキの秘密については全く話しませんでした。
なぜ重要な番人を任せながら何も教えなかったのか?
これはあくまでも私の考察ですが、千舟は玲斗とは初対面であり、玲斗との出会いが会社の備品の窃盗からであり、千舟自身もいくら自分の唯一の身内といえども人として信じきれないという思いがあったと推測します。
そして、クスノキの祈念の儀式は、個人として大切な思いを生命を超えて受け伝えるものであり、この大切な行いをいかに身内といえども安易に教えるわけにはいかないという心理が働いたと考えています。
もちろんクスノキの番人という重要なことを任そうとしているので、いずれは知ってもらうつもりだったと思われます。
しかし、まだ玲斗自身にその現実を受け止められるほどの心が成熟していないと判断し、クスノキの真実を知ってもそれを受け止めれるような精神が成熟するまで真実を話すのを待っていたのではないかと推測します。
考察「クスノキ」を通して東野圭吾が伝えたかったこととは?
この物語は、「クスノキ」により亡くなった人の想いを後世の人に伝える感動的な話になります。
特にすばらしいと思ったことは、この主人公の玲斗がクスノキを通して、他の家庭とのかかわりを経験するとともに、人間として成長していくところです。
最初千舟と出会った当初は、生活態度などを注意されてばかりでとても頼りない存在でしたが、最後はその千舟の想いを理解し、また健康状態まで心配するほどに精神的にも大人になりました。
そして最後の玲斗と千舟のやりとりが、気持ちが通じ合うためにはクスノキは必要でなかった、つまり本当に通じ合う仲なら物を使う必要はないということを伝えたかったのではないかと思います。
私の考察ですが、東野圭吾はこの「クスノキ」については、大切な人や亡くなった人に想いを伝えるというとても便利なものでありますが、本当に大切な人ならば、クスノキのようなものを使わなくても、心が繋がるものだということを最後に伝えたかったのではないかと考えます。
最後には人々に”はっ”と思わせるような展開は、さすがに東野圭吾の作品だと感心しました。
「クスノキの番人」がアニメ化に向かない理由は?
冒頭でも話しましたが、この作品は東野圭吾の小説が原作ですが、映画では初めてアニメで放映されました。
その理由はおそらくクスノキ自体がファンタジー要素があるということでアニメ化にしたと思いますが、内容はサスペンス要素が満載で人間関係がかなり複雑です。
この人間関係の複雑さはアニメには相応しくないように感じました。
やはりこの映画は実写版で映画化するべきだったと思われます。
まとめ
このように最後は心温まる話で終わっています。
小説を読むことに関しては、さすが東野圭吾と言えるものであり感動の大作だと思います。
問題はこれをアニメ化した場合、どう表現するのかということです。
物語の登場人物も、最初に話した玲斗は窃盗という犯罪を犯していますし、またクスノキに祈念している人の中には、父親の浮気相手の子だったりして、少し生々しい話が多いので、アニメではなく実写の方が向いているのではないかと思いました。
皆様はいかがでしょうか。
今日はここまでです。ではまた


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