「ガス人間」は1960年に公開されたガス人間第一号を参考に制作されました。
しかし、リメイク版ではなくリブートとして公開されています。
60年以上の時を超えて新たに作られましたが、何といってもCGのレベルが高く、ガスが人を襲うシーンは迫力がありました。
しかし、内容的には今回のガス人間を通して少し期待はずれ感があったので、その理由を紹介します。
つまらないと言われる理由は?
まず第一にサスペンス要素が多すぎて、ガス人間が生かし切れていないと思われました。
もっとガス人間が前面に出てくることを期待したのですが、必要以上にサスペンス要素が多く理解し難かったので、感情移入ができなかったのが残念です。
ガス人間自体はSFですので、誕生も架空な設定することはいいのですが、隕石が落ちてきてその有毒ガスにやられたという設定に対してもあまりにも安易だと思いました。
それでもなんとか最後まで観ましたので、ドラマの最後になぜガス人間が現れたかだけ検証したいと思います。
ガス人間が最後に岡本賢治の前に現れた理由は?
最後にガス人間が甲野京子(蒼井優)を取り込み爆発してしまいますが、京子はここで命を奪われたとされています。
確かに1960年に公開されたガス人間第一号では、ガス人間の愛した藤千代と最後心中してしまうので、そう思うと今回のガス人間も結果として同じような展開かと思われました。
京子にとって、父親としてのぬくもりを感じていた最愛の人をガス人間にされた恨みをすべて晴らしたので、この物語はここで終わったはずでしたが、ガス人間は最後に恨みとは関係のない岡本(小栗旬)の元にガスとなって表れ始めました。
これについて考察したいと思います。
ガス人間が動き出すトリガーは、サザンオールスターズのいとしのエリーでした。
これはガス人間が人間だった時にこよなく愛した曲で、ガス人間自体は記憶には無くても、魂に刻み込まれた忘れられない曲でした。
しかし、いとしのエリーはCDや動画で発動するわけではなく、いとしのエリーを掛けているものは特定のレコード盤だということがミソになります。
しかもこれはEP盤と言って、いとしのエリー一曲しか入っていない小さいサイズでした。
このいとしのエリーのEP盤は、今ではそんじょそこらでは手に入りません。
ではなぜいとしのエリーのレコードを岡本賢治(小栗旬)が持っていたかというと、おそらく現場から、そのままレコードを持ち出したのではないかと考えています。
ではなぜ持ち出す必要があったかというと、それは岡本自身がガス人間に会うためだったと思います。
それでは私が、岡本がすべてが解決した後になってわざわざガス人間を呼び出したかという理由を検証したいと思います。
岡本は京子に恋愛感情を持っていて、結婚指輪をわたそうとするほどでした。
京子自身も岡本への言動を見るとプロポーズはされていなくても、その愛情に応えようとしているようでした。
一方、京子のガス人間に対しての想いは、血が繋がっていなくても、父親としての深い愛情を持っていましたし、ガス人間も人間だった時には京子に対して、守りたいという父親としての責務を感じていました。
しかし、これは私の考察ですが、京子は最後ガス人間とともども爆発し命を失ったとされていましたが、私はガス人間がいくら人間の感情を無くしたからといって、上記の理由からむざむざ京子の命を奪うとは考えていません。
その理由は、ガス人間が人間の時、京子を実の子供のような愛情を注いでいたからです。
それを踏まえると、岡本が最後、ガス人間をわざわざ呼び出した理由は、京子を生かしている、あるいは何らかの形として残している可能性をガス人間が施しているかもしれないことを期待したからだと思っています。
これはもちろん私の勝手な推測ですが、ガス人間がサザンのいとしのエリーを魂に刻んで発動しているならば、京子に対しても魂に刻まれていてもおかしくない、そこを岡本はガス人間に掛けたのではないかと思っています。
もしかしたら京子もガス人間になったのかもしれません。
ガス人間第一号との違いは?
ガス人間第一号は1960年に制作されました。
当時は特撮で撮影され、ガス人間を作る実験室も、まるでアニメのタイムボカーンシリーズに出てくるような作りでした。
当時のガス人間第一号は、航空自衛隊を目指しましたが失敗した一般人の水野に対して、何者にもなれるという誘いで、実験を受けさせました。
しかし今回のガス人間では、隕石による有毒ガスの影響でガス人間になったということで、設定の違いがありました。
私としては、なぜ隕石の墜落による有毒ガスに変えたのかはわかりませんが、視聴者がついていけるだろうかという疑問を持ちました。
またガス人間第一号は、春日流の家元の藤千代を守るため、銀行強盗を繰り返しお金を工面しましたが、最後藤千代はその罪に耐えかねて、ガス人間と舞台で抱き合いながら、警察の準備したガスに引火してガス人間もろとも爆発してしまいました。
当時のSF風の映画になっていますが、基本的には恋愛映画で、美しくはかないドラマとして感情移入がしやすく、なるほどと思わせる内容でした。
今回のガス人間は長編ドラマとなっていますが、SFでもあり恋愛要素もありで、いろいろな要素を詰め込みすぎて、感情が追い付かない印象がありました。
まとめ
今回は「ガス人間」を紹介しました。
私は最後、岡本の前に現れたガスは、以上の理由から京子ではないかと思っています。
ガス人間は、ゴジラのような系統とは違い、サスペンス、あるいはヒューマンドラマに近い作品になっています。
このドラマはストーリーの感情移入はとてもしにくいので、サスペンスやヒューマンドラマ好きな人はあまり向いていないと思います。
どちらかと言えば、CGや映像画像を楽しみたい人が向いているのではないかと思います。
今回はここまでです。 ではまた


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