「ガス人間」は1960年に公開されたガス人間第一号を参考に制作されました。
しかし、リメイク版ではなくリブートとして公開されています。
60年以上の時を超えて新たに作られましたが、何といってもCGのレベルが高く、ガスが人を襲うシーンは迫力がありました。
最初のガス人間第一号では、どちらかというと、ガス人間と人間との間の悲劇な人間模様も映し出していたと思いますが、今回のガス人間では当然ですが当時とはスケールが違います。
しかし、私自身は今回のガス人間を通して少し期待はずれ感があったので、その理由を紹介します。
ドラマ初登場UTAの演技力は?
今回のガス人間役では、本木雅弘の子供のUTAがデビューするということで話題になりました。
親に似てイケメンだなあと思いましたが、ガス人間役もかなり驚かされました。
すごいと思ったところは、彼がガス人間を演じている間、まばたきは一切しませんでした。
そしてわざと抑揚がないしゃべり方をして不気味さを演出していました。
ガス人間は人間を超越した存在でもあるので、演じるのも難しいと思いましたが、新人とは思えない見事な演技で、思わず引き込まれてしまうぐらい圧巻でした。
また人間時代の人柄のギャップも大きく、同じ人が演技しているとは思えないほどのレベルでした。
つまらないと言われる理由は?
この「ガス人間」は、Netflixで独占放映されるということで、CMもよく流れていました。
その映像を見ると、ガス人間が町中をすごいスピードで移動している映像は迫力があり、まるでスパイダーマンとかゲノムのようだと勝手に期待ばかりが膨らんでしまいました。
しかし、蓋を開けてみると、圧倒的にサスペンス要素が満載なドラマで、こんなに迫力のある映像が作成できるのに、なぜそっち方面に行ってしまったのかとても残念な気がしました。
つまらないと言われる理由を紹介します
1.サスペンス要素が多すぎて、ガス人間が生かし切れていない
全編を通して、京子が黒幕だったり、反社会的勢力が関与していたり、都知事が嚙んでいたり、あげく元バンドメンバーだったりで、いったいどういうことなんだと、そっちばかり意識が向いてしまって、肝心のガス人間がなおざりになってる感がありました。
もっとガス人間が前面に出てくることを期待しただけに残念でした。
2.ガス人間になった理由が安易すぎる
サスペンスがやたらと小難しい考察が必要な場面があるんですが、その割には、ガス人間の誕生のルーツが隕石が落ちてきてそのガスが有毒で、触れたためにガス人間になったということす。
これがウルトラマンを見ているならそれでいいと思いますが、話の内容が大人が考えるようなサスペンスになっているのに、それと比べてこの誕生ルーツはあまりにも安易な考えなので、正直考察する気にならなかったです。
もし私が作るならば、秘密の核実験で爆発したとか、戦争時の有毒ガス実験でガスが漏れて汚染されたとかの方が、まだ最もらしいのではないかと思いました。
3.いろんな要素を盛り込み過ぎてついていけない
以前インタビューで小栗旬が、どんなジャンルにも属さない新しいドラマと紹介していたと思うんですが、私自身は正直嫌な予感がしましたし、いざ視聴してみるとその予感が的中していました。
アクションかといえばそうではなく、一番近いのがサスペンスですが、それにも徹し切れてなく、ホラーではないのですが、結局どこに力を入れたかったのかが解りにくく、中途半端になったしまった感がぬぐえません。
またサザンのいとしのエリーがトリガーでガス人間が発動しますが、このシーンは必要だったのかなと疑問に思います。
もちろんガス人間が人間だったころにお気に入りだったのはわかりますが・・
このようにいろんなものがいろいろ出てきて、正直感情がついていけませんでした。
それでもなんとか最後まで観ましたので、ドラマの最後になぜガス人間が現れたかだけ検証したいと思います。
ガス人間が最後に岡本賢治の前に現れた理由は?
最後にガス人間が甲野京子(蒼井優)を取り込み爆発してしまいますが、京子はここで命を奪われたとされています。
確かに1960年に公開されたガス人間第一号では、ガス人間の愛した藤千代と最後心中してしまうので、そう思うと今回のガス人間も結果として同じような展開かと思われました。
京子にとって、父親としてのぬくもりを感じていた最愛の人をガス人間にされた恨みをすべて晴らしたので、この物語はここで終わったはずでしたが、ガス人間は最後に恨みとは関係のない岡本(小栗旬)の元にガスとなって表れ始めました。
これについて考察したいと思います。
ガス人間が動き出すトリガーは、サザンオールスターズのいとしのエリーでした。
これはガス人間が人間だった時にこよなく愛した曲で、ガス人間自体は記憶には無くても、魂に刻み込まれた忘れられない曲でした。
しかし、いとしのエリーはCDや動画で発動するわけではなく、いとしのエリーを掛けているものは特定のレコード盤だということがミソになります。
しかもこれはEP盤と言って、いとしのエリー一曲しか入っていない小さいサイズでした。
このいとしのエリーのEP盤は、今ではそんじょそこらでは手に入りません。
ではなぜいとしのエリーのレコードを岡本賢治(小栗旬)が持っていたかというと、おそらく現場から、そのままレコードを持ち出したのではないかと考えています。
ではなぜ持ち出す必要があったのでしょうか?
私は、それは岡本自身がガス人間に会うためだったと思います。
それでは私が、岡本がすべてが解決した後になってわざわざガス人間を呼び出したかという理由を検証したいと思います。
岡本は京子に恋愛感情を持っていて、結婚指輪をわたそうとするほどでした。
私は京子自身もプロポーズはされていなくても、その愛情に応えようとしていたと考えています。
一方、京子のガス人間に対しての想いは、血が繋がっていなくても、父親としての深い愛情を持っていましたし、ガス人間も人間だった時には京子に対して、守りたいという父親としての責務を感じていました。
しかし、京子は最後、ガス人間とともども爆発し命を失ったとされていましたが、私はガス人間がいくら人間の感情を無くしたからといって、上記の理由からむざむざ京子の命を奪うとは思えませんでした。
その理由は、ガス人間が人間の時、京子を実の子供のような愛情を注いでいたからです。
それを踏まえると、岡本が最後、ガス人間をわざわざ呼び出した理由は、京子を生かしている、あるいは何らかの形として残している可能性をガス人間が施しているかもしれないことを期待したからだと思っています。
これはもちろん私の勝手な推測ですが、ガス人間がサザンのいとしのエリーを魂に刻んで発動しているならば、京子に対しても魂に刻まれていてもおかしくない、そこを岡本はガス人間に掛けたのではないかと思っています。
もしかしたら京子もガス人間になったのかもしれません。
まとめ
今回は「ガス人間」を紹介しました。
私は最後、岡本の前に現れたガスは、以上の理由から京子ではないかと思っています。
ガス人間は、ゴジラのような系統とは違い、サスペンス、あるいはヒューマンドラマに近い作品になっています。
ドラマ自体は、登場人物も複雑にからんでいて展開も早いので。とりあえず見て判断してほしいと思います。
今回はここまでです。 ではまた

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