「栄光のバックホーム」つまらないと言われる理由と面白く見る方法は?

ヒューマンドラマ

「栄光のバックホーム」がNetflixで配信されました。

私もプロ野球ファンなので、横田慎太郎さんの生涯について興味はありました。

私自身阪神ファンではありませんでしたが、当時の阪神の2軍でのソフトバンクとの試合で、横田選手のセンターからのバックホームはテレビでも見ましたので、とても感動したのを覚えています。

「栄光のバックホーム」がつまらないと言われる理由

私のようにプロ野球のファンなら感動する話になりますし、ましてや阪神ファンならなおさらのこと号泣する映画だったと思います。

しかし、野球ファン以外の人が見た場合、北条や掛布、金本と言ってもなんのことやらわからないので、なかなか感情移入がしずらかったのではないでしょうか。

そして事情が解っている人には気にはならないと思いますが、解らない人には話の展開が早すぎてついていけない人も多いのではないかと思います。

なにしろ、横田さんの鹿児島実業時代からドラフト会議で2位指名され、あっという間にプロの世界に入り、そして脳に腫瘍が見つかった展開までが早すぎて、プロになるのがどれぐらい大変か、そしてプロがどれぐらい厳しい世界かの描写が捉えにくい点がつまらないと感じさせる要因の一つになっています。

映画化するならば、野球にも詳しくない人にもわかりやすくする配慮も必要だったと思います。

栄光のバックホームを面白く見るために

ここから野球に詳しくない方にプロになるにはどれほど大変か、そしてプロでい続けるのがどれほど過酷なのか紹介したいと思います。

野球でプロになる厳しさとは

毎年10月にドラフト会議が行われそこで指名されて初めてプロ野球選手になります。

プロ野球は12球団あり、毎年各球団6名前後指名されます。

よってだいたい70名から多くて80名ぐらいが支配下登録されるということです。

そのほかに育成契約する選手もいますが、この人たちは1軍の試合にはでられません。

その前に2軍で活躍して支配下登録される必要があります。

しかし、育成契約の選手の半分以上は1,2年で支配下登録されずに球界から去っていくのが現状です。

一方ドラフトで入団した選手は支配下登録されますが、この選手たちは力があればすぐにでも1軍でプレーできます。

それでも支配下登録には枠があり、新人が6名入団するならば、他6名は引退かクビにしなければなりません。

毎年ドラフトがあり、入る人がいれば、その分クビになる人数がいるということです。

あるデータではプロ野球に入って、5年間継続できる確率は50%もないようです。

横田さんはこのような過酷なプロ野球に世界で、高校卒でありながら、阪神からドラフト2位で指名されています。

通常ドラフト会議では即戦力と言われている人たちが1位や2位で指名されます。

そのため多くの場合大学生や社会人卒の指名が多いのですが、まだ高卒で2位で指名されるということは、横田さんはとても有望株だっとという表われです。

阪神の2013年ドラフト指名選手のその後

横田さんの指名されたドラフト選手のその後をみてみましょう。

1位、岩貞祐太、2位横田慎太郎、3位陽川尚将、4位梅野隆太郎、5位山本翔也、6位岩崎優

と今でも活躍している選手も多く、まさに黄金のドラフトと言えるのではないかと思われます。

因みに一緒にでてくる北条選手は2012年のドラフト2位で、横田さんの1年先輩になります。

北条は2023年に戦力外になりましたが、現在でも野球は続けているようです。

岩貞選手も現在でもピッチャーでリリーフや抑えの切り札として活躍しています。

また梅野選手はキャッチャーとして1軍レギュラーとして長い間君臨していました。

陽川選手も活躍しましたが、2023年に現役を引退されています。

そして岩崎選手も抑えとして現在でも活躍しています。

プロ野球界において、入れ替わりが多い世界にもかかわらず、これだけの選手がまだ活躍していることは驚くべきことです。

横田さんの亡くなったことに対しての影響もあるのかもしれませんね。

大病でも試合に出る奇跡とは?

横田さんは劇中にもある通り、脳腫瘍を患い、その主症状である物が見えにくい、二重に見えるという視力障害に悩まされていました。

手術は1度は成功していますが、それでも再発し28歳で永眠されています。

1度目の手術が成功後、育成契約となって2軍の試合に出場します。

しかし視力障碍は残っていて、その不安のなかセンターの守備に就きます。

プロ野球のボールは硬式が使われていますが、当たるととてつもなく痛いです。

どれぐらいかを表現するのは難しいですが、コルクに牛革をまいていますがとても固く、ほぼ石と同じ硬さです。

よくデッドボールで当てられた選手は痛がっていますが、あれが骨に当たると容易に折れます。

横田さんはボールに対し目が見えない中、打ったボールが自分に向かってくることを思うと、とても恐怖だったことが想像できます。

そんな中でボールをキャッチし、しかもそのままバックホームへ投げて、ランナーをホームでアウトにしたことは、たしかに奇跡と呼べるプレーだったと思います。

まとめ

横田さんは阪神からドラフト2位で指名を受けました。

将来を期待されていましたが、入団して4年目、22歳の時に脳腫瘍が見つかりました。

それから手術後一度は復帰し、息性契約するも2軍の試合で目が不自由のなか、センターからのバックホームでランナーを刺した奇跡を、「栄光のバックホーム」と呼ばれています。

そして惜しまれながらも28歳の若さで永眠されました。

しかし、短いながらも人生を全うした横田さんの功績や影響は後世まで残ると思います。

心よりご冥福をお祈りいたします。

今日はここまでです。ではまた。

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