「ブルーボーイ事件」実話 LGBTの人たちが実際の裁判で受けた屈辱的な言葉とは?

ヒューマンドラマ

これは1969年に起こった真実の事件をモチーフに作成された映画です。

この当時は、ゲイを含めた性的マイノリティーの方たちにとって、全く理解されていない時代でした。

具体的には性的マイノリティーの人たちは、頭がおかしいとか、果ては変態呼ばわりまでされた時代です。

当時のLGBTの方たちの肩身の狭い境遇とは?

LGBTはレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー(性の不一致)が総称して性的マイノリティーと呼ばれていますが、当時では理解がなく、忌み嫌われていました。

これは当事者にとっても相当な苦しみでもあり、ばれたら差別やいじめを受けるため、周りに事実を隠し通して暮らしていた人も少なくありません。

これはまだ性的マイノリティーが認知されていない時代に、LGBTの人たちが市民権を勝ち取るために戦った物語です。

しかし理解がない当時では、このような方たちに対して、罵声や屈辱的なことまで容赦なく浴びせられます。

その影響は、本人だけでなく家族や恋人まで及び、深い絶望や悲しみに陥ります。

それでもこの人たちは、世間に理解してもらうため、裁判で屈辱を受けながらも証言に立つことを選びました。

この映画はその性的マノリティーが初めて公になり、裁判で戦った物語です。

当時の売春摘発事情は?

1969年当時は、売春は女性がするものであり、当然売春する女性が摘発され逮捕されます。

しかし、性転換した女性は、その当時は性が男性と認識されており、逮捕したくてもできないという警察のジレンマがありました。

そのため、警察が標的にしたのが、性転換手術を施した医師に対してであり、性転換を医療行為とみなされずに逮捕しています。

罪名は優生保護法違反(子孫を残さない)です。

しかし、この医師を助けようと立ち上がった弁護士が現れました。

狩野卓(錦戸亮)は医師の無罪を勝ち取るため法廷に立ちます。

だが狩野も医師を助けるために法廷に立ったもので、LGBTに対しての理解が及ばず、この人たちを深く傷つけてしまいます。

実際に裁判所で受けたLGBTに対する屈辱的な言動とは?

狩野卓弁護士は、性転換手術を実施した医師を救うため、実際に手術を行った人に証言台に立ってもらいます。

その時の狩野弁護士はLGBTの方たちの理解ができず、現在では大変問題となるような質問も法廷で飛び交います。

例えば「勃〇はしたか?」あるいは「自〇行為はあったのか?」しいては「射〇行為があったのか?」などせきららに屈辱的な質問を浴びせられます。

つまり男性の正常な機能を持ちながら、女性になりたいというのは、精神での異常をきたしているという認識があったからです。

当弁護士のこの質問の意図は、医師の性転換手術は治療行為であったとみなすために、手術を行った患者は精神異常をきたしたために手術が必要だったという結論に持っていきたかったためでした。

男性としても自分を受け入れられず、女性になりたいという気持ちだけなのに、それを精神異常と捉えた言い分に、性的マイノリティーの方たちの怒りと落胆は、大変大きなものだったことは想像に難くありません。

反対尋問の検事においては、更に厳しい言葉を投げかけます。

メンス(生理)があるのか?」との問いに、ゲイのサキは「ありません」と答えると、検事は「生理がなければ女ではない」、「形だけ取り繕っていても、女性にはなれない」「男性としての責任を放棄している」と強烈な批判をしてきます。

検事がこのような厳しい意見を言うは、根底には性転換することは人間の堕落と認識しているからです。

この時は戦後20年ぐらいなので、日本人の意識はまだまだ「男性たるもの」や「女性らしさ」が尊まれていた時代なので、この検事のような考えをもっている人は少なくありませんでした。

しかしサキの2回目の証人尋問では、狩野弁護士は性的マイノリティーの人たちがどれだけ苦しんでいたかに焦点を合わせていきます。

つまり狩野弁護士は、今までは性転換の治療行為を精神異常者のための処置という考えから、男として受け入れられない男性の心の葛藤をフォーカスすることにより、性的マイノリティーという観点で初めて尋問をします。

そしてサキは2回目の法廷で、性的マイノリティーとして思いのたけを訴えます。

狩野弁護士はサキの手術をして良かったか聞きます。

サキは「性転換手術自体は後悔している、自分が女の体になれば世間が認めてくれると思ったが、世の中誰も認めてはくれなかった」「女の形をした男で、女としての居場所はどこにもなかった」「誰かが決めた女性というものになれず、それを目指そうとすると自分ではなくなってしまう

そして狩野弁護士は手術をした意味はなかったのかの問いに、

サキは「先生は答えのでない問いに向き合ってくれた、一緒に答えを探そうとしてくれたことに意味があった

更にサキは「誰かの決めた女性であろうとするかぎり、男性であることから逃げられない」「私は男でも女でもない、私は私です」「先生はそのことに気づかせてくれました」と複雑な思いを述べました。

そして最後は裁判長からサキに「幸せですか?」と尋ねられ、「幸せです。しかし、これは皆さんが思ってる幸せではありません」と締めくくりました。

サキは法廷に立つことにより、職場を辞めさせられたり、恋人の家族から嫌がらせされたり、また恋人の職場へも影響を及んでいます。

しかし、証言台ではっきりと述べることにより、性的マイノリティーの方たちの複雑な心理状況が初めて公の場で明るみになった価値のある事件として取り上げられました。

最初の性転換手術の判決は?

検事は最初、優生保護法の違反から赤城先生を逮捕しましたが、狩野弁護士は憲法13条のすべての国民において幸福を追求する権利があることを引き合いに出し、生まれながらの性別を受け入れられず、幸せを享受できなかった故、それを求めるため赤城先生の手術をうけた。

それを違法とするなら優生保護法自体が憲法違反だと訴えます。

そして判決では結局2年の有罪で出向猶予が3年という判決でした。

しかし世間では性的マイノリティーの実態と性転換施術が初めて公になりました。

しかしまだまだ世間への受け入れには程遠く、これから29年もの間、性転換主従はタブーとされていました。

漸く日本でも認められたのが1998年でした。

まとめ

これは1969年の医師が施した性転換手術の是非の裁判であります。

現在では世界中で認知されるようになりましたが、当時では本当に世間では受け入れられずに苦労された方も多かったのではないかと思われます。

こういう映画を観て、LGBTの人たちはこんな苦労をされていたんだいうことを初めて痛感しました。

自分もこういう人たちの知り合いがいないので、もし会った場合はどのように会話すればいいのだろうと思ってしまいますが、自分はやはり性的マイノリティーの方たちをまず理解してあげることが大事だと思いました。

皆さんはどうお考えですか?

今日はここまでです。ではまた。

 

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